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Astronaut

宇宙飛行士に憧れていました。科学、ポルトガル語、アニメ、ブラジルetc、取り扱っております。

あるようでほとんど何も無いスカスカの原子とその発見に至るまで。 

science

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リチャード・ファインマンの言葉
「もし大洪水によって全ての科学的知識が破壊され、たった一つの文だけをのちの世代に残すとしたら、最も少ない語数で最も多くの情報を伝える表現は何だろうか?」

「万物は原子でできている。」

全てのものが原子からできているなんてことは今では誰でも知っている。
あまりにも当たり前のように学校で習うから、教科書に書いてあることにわざわざ疑問をもつ人もいないし、その必要もない。原子は極めて小さくて肉眼で見ることはできないし、まして原子を素手ですくい上げたり、指でつまんだりすることはできない。

では万物が原子からできているというのをどうやって発見したのだろうか?

その過程について忘れないうちに簡単にまとめておきたい。最終的にたどり着いた原子は、原子核の周りを電子が回っている(実際は量子化されている)というモデルによると、原子は極めてスカスカで何もない空間がほとんどであり、もし圧縮することができればほとんど体積はないに等しい。驚いたのは全人類の体を構成している原子を隙間なく圧縮することができれば、1cm3、角砂糖ほどの体積にも収まるという。

自問自答しながら原子の存在を予見したデモクリトス

何事もまず疑問を持つところから始まる。
万物が原子でできているということを初めて言い出したのはデモクリトスというギリシャの哲学者で、紀元前440年も前に遡る。もちろん今のように科学が発展していないのでデモクリトスは石か何かを拾い上げて、自分自身に問いかけた。

「これを半分に割り、再び半分にして、また半分にして、また半分にして、というように永久に半分にし続けることができるだろうか?」



ふむ。。。



考えたことのねーよ、そんなこと。


変な人がいるもんだなぁ。というのが正直な感想だけど、とりあえず彼の答えは否だった。その操作をやり続ければ最終的に、もはやそれ以上分割できない小さな粒に行き着くはずだとデモクリトスは考えた。ちょっと話はずれるが、ニュートンはリンゴが木から落ちるのを見て、万有引力を閃いたというのは後世の後付けである。そうではなくてニュートンは夜空を見上げ、輝いている星を見た。そしてなぜあの星たちは地に落ちてこないのかと考えたのが出発だ。当時の人間としてはそのような疑問を抱いたのはニュートンは初めての人だった。現代では既に明らかになっているがゆえにそういう素朴な疑問が持ちづらいのがさみしく感じるところでもある。
話を戻して、デモクリトスはその最小の粒子を“これ以上分割できないもの”という意味からアトムと呼んだ。

原子のような粒子の存在を確立したベルヌーイの気体

それ以降は歴史の中でしばらく原子に関する説明や発見としてこれといったものはなかった。
デモクリトス以後原子に関しての理解を深めたのは18世紀の数学者ベルヌーイだった。もちろんまだ原子を直接目で見るという技術はなかった。ベルヌーイは気体が無数の原子の集まりとして巨視的なふるまいの中にそのことを観察できないかと考えた。例えば閉じられた箱の中の気体が何千兆またはそれ以上の原子の粒の集まりからなっているとする。それらは常に箱の中を飛び回っているので箱の内壁に随時衝突を繰り返している。そしてそれが「圧力」を生み出していると考えた。その状態で無理やり、その閉じた箱の体積を半分にしたらどうなるだろう。気体の原子の数は変わらず、飛び回ることができる空間が半分になるので、前よりも2倍の頻度で気体の原子が内壁にぶつかるようになる。すなわち中の圧力が2倍になる。もし箱の体積を1/3に圧縮すれば、原子たちは3倍の頻度で壁にぶつかるようになり、圧力は3倍になる。そして、そのことが実際に観測された。これで気体として飛び回る小さな粒上の原子(もちろん実際には分子だけど)が空間を飛び回っているイメージが確立された。

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この時点ではまだ、原子のイメージがついただけ段階であり、原子の存在についての証拠としては弱い。

不規則な動きをするブラウン運動

原子の存在を決定づけたのがかの有名な(?)ブラウン運動である。
次の映像がわかりやすい。


ブラウン運動を発見したのはロバートブラウンという植物学者である。1827年水の上に浮かべた花粉が不規則な振動のような運動をしていることを発見した。結局ブラウンにはこの現象がなぜ起こるのか分からず、のちにアインシュタインがブラウン運動についての説明を加えた。なぜ花粉がこのような奇妙なふるまいをするのか。アインシュタインによればそれは、小さな水の分子が花粉の周りから、常に全方向から衝突を繰り返していることにある。パチンコようなイメージである。要するに原子という粒子が花粉の周りに無数に無ければ(もちろんこの場合は水分子だが)このような不規則な運動は起らないのでブラウン運動は原子が存在することの最も有力な証拠だった。この時のアインシュタインの理論から原子の大体の大きさもわかってきた。
しかし、ブラウン運動を観測したことは実際に原子を見たことにはならない。それを可能にしたのはあまり知られていないが、STMというIBMの研究員が開発した高度な顕微鏡である。こちらで詳しく載っている。原理は簡単に言うと、目隠しをして手で触れて材質や凹凸を確かめるようなもので、蓄音機の針のようなものが先についている。それで物質の表面がどうなっているかを読み取りコンピュータで再現する。ようやく原子というものの存在が確かめられた。しかしその構造はどうなっているのか。この顕微鏡で見ただけではまだただの粒にしか見えない。実際の原子はデモクリトスが思い描いたものよりもっと複雑な内部構造をしていた。

原子の内部の構造を明らかにした放射能

放射性元素は余計なエネルギーをため込んでいるため時間がたつとそのエネルギーを放出して、より安定になろうとする。それを核壊変と言い、その際に余分なエネルギーをアルファ粒子に載せて放出することの有力な証拠をニュージーランド人のラザフォードとイギリスの化学者フレデリック・ソディーが見つけた。このアルファ粒子はヘリウム原子である。1903年ラザフォードは放射性元素ラジウムから放出されるアルファ粒子の速度を測ったところ、毎秒25000kmというとんでもない速さだった。そこでラザフォードはそのアルファ粒子を原子にぶつけて原子の内部構造を探ることを考え付いた。それはそれでなかなか結び付かない発想だと個人的には思うが、つまりこういう具合である。アルファ粒子を何個も何千個も原子に向けて放つ。何かにぶつかればアルファ粒子の進路が逸れるか跳ね返されるかするはずである。何回も繰り返しどのようにアルファ粒子が跳ね返されるかを測定することで原子の構造を探るというものである。
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実験は上のとおりである。ラジウムから出たアルファ粒子はスリットを通って一方向から、厚さが原子数千個しかない金箔に当てる。360度の検出器でどのようにアルファ粒子が逸れるか跳ね返るか、また直進するか測定する。
当時、イギリスの物理学者のトムソンが唱えていた原子モデルでプラムプディングモデルというものがある。これはレーズンパンのようなもので、パン生地が正電荷を表していて原子全体に広がって偏在している。そしてレーズンが電子で、正電荷を持つ原子全体に埋め込まれているとするものである。
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ラザフォードの実験の結果は以下のようになった。ポイントは2つある。

ほとんどのアルファ粒子は金箔にあたっても直進した。
直進しなかったアルファ粒子の中でもわずかに90度以上の偏向示すものがあった。

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この二つの事実は同じことのように感じるがそうではない。
まず一つ目から何が言えるかというと、トムソンの原子モデルでは、正電荷が広い範囲に拡がって存在しているので、極めて高速で飛び出すアルファ粒子を偏向させることは正電荷が弱すぎて不可能であること(正電荷が薄く伸びているため)。よって正電荷は原子の中でもっと一点に集中して固まっていてかなり強い正電荷として存在している。
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そして二つ目から90度以上の偏向を示したものは極めて少ないというところから、正電荷を持つ、いわゆる原子核は極めて小さな、想像されるよりもさらに小さな空間に密集されていることが分かった。小さすぎるがゆえに直進しないアルファ粒子の中でも、ただ偏向(直進はしないが金箔の反対側に抜けていくもの)するものが多く、90度以上跳ね返るとなると原子核の中心あたりにぶつからなければならない。

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つまり原子核を発見したことと、それだけでなくその原子核は原子全体の大きさに対してものすごく小さく、原子全体の体積の中にはほとんどが、何もない空間で成り立っていることである。
こうして生まれたラザフォードの原子モデルが以下のようなもので、原子核の周りを電子が回っている、あたかも太陽の周りを惑星が回っているものに類似するモデルである。
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これによって明らかになったのはまるで幽霊のような原子の何もなさである。原子全体の空間に対して、原子はあまりにもスカスカであった。

劇作家トム・ストッパードはこう表現している。
「まず握り拳を作ろう。もし握りこぶしが原子核と同じ大きさであれば、原子はセントポール大聖堂と同じ大きさであり、そして、もしこれがたまたま水素原子であれば、そのたった1個の電子は空っぽの大聖堂を、蛾のように飛び回っているだろう。」

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セントポール大聖堂からの眺め


言い換えると、物質はあまりにも極端に薄く広がっているということである。僕が普段見ている世界の空間はほとんどがスカスカだった。もしその空間を絞り出すことができれば全人類は掌の上に収まる。

しかしラザフォードの原子モデルは実現不可能だった。

しかし、実は放射能を使ったこの実験で描いた原子モデルは欠点があった。
太陽の周りをまわる惑星のように原子核の周りを電子が回っているとすると電磁気学の観点から、問題を生じる。結果だけを言えば時間経過と共に電子は電子核に落ち込んで、原子はつぶれてしまう。つまりすべての物質は時間がたつと勝手に消滅してしまうということになる。でも実際にはそんなことは起らない。原子はちゃんと存在するし、人間の体も寿命を全うするし、地球の地面は固い。そこで出てくるのが量子論である。