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死ぬほど大嫌いだった両親を赦そうと思った。

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今でも嫌悪する思いがある。人として全く尊敬できるところは何もないし、能力的にも僕よりはるかに劣る。

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僕は大学生のころ(数年前の話)自分の両親が死ぬほど嫌いだった。もし自分で殺めてしまったら、犯罪者になってしまうからその考えは1%もなかったけれど、事故で死んでくれるなら僕にとっては全く構わない。そのように思っていたことがあった。今でもその思いが完全に払拭できたというつもりはない。今でも気を抜くと、彼らを人間の底辺だと判断してしまうだろう。それでもこれから少しずつ、自分の両親を赦すことが出来る、さらにその先には何か施してあげられる自分に成れればいいと思っている。否、成らなければならない。もしそれが僕の人生において叶わなければ、他に何を成し遂げたとしても僕の人生は意味のないものになってしまうだろうと確信している。もし自分の両親を赦して受け入れて、もっと言えば愛することが出来るなら、きっとどんな人でも僕は大切にすることが出来るだろう。どんな理不尽も受け入れることが出来るだろう。どんな困難も乗り越えることが出来るだろう。


なぜ両親が嫌いだったのか?

なぜ両親が嫌いだったのか?その理由を何度も考えた。そうしたらいくつもいくつも思い当たる節があった。
まず父親は家の中で全く話をしない。口数が少ないなんてものじゃない。僕が中学くらいからほとんどまともな話をしたことはなかった。僕は父親がどのような生き方をしてきたかなど知らないし、向こうも向こうで僕が何を考えているかなど全く分からないだろう。興味もないだろう。端的に言えばコミュ障なんてレベルではなく、子供とコミュニケーションが取れない人なのだ。すべてを父親のせいにするつもりはない。しかし社会でもコミュニケーションが苦手な人は、おそらくその家庭環境に原因があると思う。僕も社会人になる前もなってからも、人とのコミュニケーションで悩んだことがあった。今でも苦手意識はある。小さいころから家の中であまり話さない人はもったいないと思う。誰かと話をするということはそれだけで最高の、生きる訓練なのだ。徐々に深い話になっていってこそ、深い、充実した人間関係は作られる。そしてそれこそが人生を豊かにしてくれるものの一つだ。そういう機会が少なければ当然、コミュニケーション能力は向上しづらい。僕は本当に苦労した。だけど諦めたことはない。おそらく父親に比べれば100倍、いや1000倍は人と意思疎通が出来るようになっただろう。自分の子供に僕と同じ思いはある程度させずに済むだろう。少なくとも子供にとって正体不明の父親でいるということはないだろう。僕の父親は僕に父親自身の年齢さえも教えてはくれなかった。晩婚だったからか、知られるのが嫌だったらしい。そんなことはどうでも良かったけど。それよりもそういう態度を取ることで僕との間に失われる信頼関係があるということに気付かなかったのだろうか。頭が悪すぎて吐き気がする。
さらに父親は本当に怠惰な人間だと思う。仕事はもちろん定年までしていたが、土日は家でゴロゴロしていることが多く、よく働く人だと思ったことは一度もない。ずっと電気工事士のような仕事をしていて、他に出来ることは何もない。何十年とほとんど進歩していないのだ。僕からすれば、怠惰の極みである。そんな無駄な生き方は僕にはとても不可能だと思う。そして何より、僕が最もこの父親に対してゴミだと思うことがある。僕の兄は引きこもりだ。働いていない。実家に引きこもっている。家でも特に何もしていない。僕はただの一度でも父親が兄に何かを言っているのを見たことがない。働け、とか、何がそんなに嫌なんだとか、将来どうするつもりなんだ、とかそういう類のことをただの一度も引きこもりの兄に言ったことはない。僕は兄とは仲が悪すぎるので僕が言うと怒りだすから何も言わないが、この父親も何も言わない。それには本当に失望した。兄が将来どうなってもどうでもいいということか。おそらくそう思っているのだろう。そうじゃなければ、何か言うはずだ。あるいは無理やりにでも外へ連れ出そうとするだろう。だが父は何も言わない。なんの興味もないのだろう。それで僕は父は何の役にも立たない人間であると僕は判断した。
母も実にどうしようもない人間である。昔から僕の母親は余裕がなかった。僕が今になって振り返って思うとどうしてあんなに余裕がなかったのだろうと思う。その時によく母親が家の中で連発していた言葉が、〝忙しい″と〝お金がない″だ。常にソワソワしていえ、イライラしていた。そう、家の中でイライラしていることが多かった。だから僕はあまり話したくなかったし、八つ当たりされるのも嫌だった。忙しいと何度も口にする人に限って、たいして忙しくなかったりする。これはどこでも同じだ。ただそういう自分をアピールしているだけで要領が悪いだけであることが多い。おそらく母もそういうことだったのだろう。
そして母は、とにかくネガティヴな人間なのだ。自分でそれに気づいているかどうかは分からない。昔から今に至るまでそれは変わらない。ひたすらにマイナス思考と否定しかできない人間だ。肯定的な言葉を使わない。僕が何か言っても、〝そんなことは無理だ″とか〝何を馬鹿なことを″とか基本的には〝出来ない″とか〝上手く行かない″と言う発想しかないし、〝公務員になれ″とか安定志向でリスクを絶対にとろうとしない。だから僕はいつからか、この人に自分のことを全く話さなくなった。言っても結局否定されるだけなので、気分を害されるだけなので意味はないと判断したのだ。僕が大学生になってから、母親は鬱病になった。やっぱりこの人は病気だったのだ。鬱病というのは、自分のことしか考えないところから発症する。あれこれと悩んで、結局ネガティヴな結論にしかたどり着かなくて〝誰かのために何かをしよう″という発想が根本的に抜け落ちてしまうと鬱病になりやすくなると聞いたことがある。一緒に生活していれば分かる。母は自分のことしか考えていない。もちろん両親の仲は別に良くない。喧嘩にも発展しないほどに冷え切ったドライな関係だ。父親はまともに話が通じない。僕の兄は引きこもりで大学を卒業してからずっと家の中にいるが、母親も父親も兄には何も言わない。怖いのだろう。そして何て言えばいいかも分からないのだろう。僕ははっきり言って常に兄より優秀だったので、兄は僕のことは昔から特別に嫌っている。僕も兄に用などない。ただ兄があのようになってしまったのは、両親の影響が大きいと思う。コミュニケーション能力が極めて低いところだったり、何を言っても否定されることだったり、母親は自らの態度をもって〝諦める″ことしか教えてこなかった。だから普通の人として生きることを諦めてしまったのだろう。僕はたまたま友人や師に恵まれた。だから人間関係もある程度上手く築けるようになったし、仕事も問題なくこなせていると思う。


これから成すべきこと

ここまでは至極自分勝手で否定的なことばかり書いてきたけれど、僕は母親のようにネガティヴな思考は卒業した。たとえそういうことがあっても、人は乗り越えて生きていくしかないし、努力と創意工夫をすれば結構いろんなことを人は覚え、こなすことが出来る。紆余曲折を経ても最後には必ず上手く行く、と信じ続けることは、それ自体が役に立つものではないにしても、生きる上では大切だろう。  僕は自分が、両親に対する軽蔑や憎悪や失望や嫌悪といったものに囚われていることを知っている。これはおそらく僕自身の問題だろう。両親と関わりなく生きていくこともできる。しかしそれではおそらくいつか(それは両親がこの世を去る時かもしれないが)僕はどうしてあの人たちを赦すことが出来なかったのだろうと後悔する。それは明白だ。あの人たちの至らなさをどうして許容できなかったのか、水に流すことが出来なかったのか、と。そう思うようになったのは大学生になってからだった。そしてその格闘は今でも続いている。今結婚を前提にお付き合いさせていただいている人がいる。この人と結婚生活を始める時に何とか両親に対する今までの全てを赦そうと決意している。おそらくこの人たちは、どのように子供と接していいか分からなかったのだろう。自分たち自身も親から、良く愛されて育ったわけではなかったのだと思う。基本的に子供は親に似ると思っている。でも僕は彼らを反面教師として同じような、親にはならないと決意している。血統的な問題なのだと思う。ずっと子々孫々そのような悪い性質が受け継がれてきたのだと思う。だからきっと、僕の両親がどうしようもない人たちだとしても、それは彼らだけのせいではない。もっと長い歴史的なスパンで眺めると受け入れられるような気がしてくる。そして不器用なりにも彼らが僕のために何かをしてくれたことももちろんあった。物質的なものばかりで、心のこもったものは何一つなかったけれど、それでも受けたものには感謝しなければならない。僕は今までも母の日や父の日には彼らに贈り物をしていた(これは大学の時から)。母親は喜んでくれる。父親は相変わらずのノーリアクションである。それでも別にいい。大切なのは僕が彼らに何をしてやれるかだ。それをどのように受け取るかは彼らに任せることにする。気にしていたら、僕がイラっとしてしまうから。何か両親の好きな食べ物を買ってあげよう(少し高級なやつ)出来る限り早く結婚して、孫の顔が見れるようにしてあげよう。そしてその子には僕の家系が綿々と引き継いできた〝負の要素″を受け継がせないようにしよう。僕にはそれが出来る。そうすればその子はきっともっと自由に生きられるはずだ。自分の可能性をどこまでも信じ、いろんなことに挑戦できるだろう。その見本を見せてあげられるようにしよう。それは僕が両親からは全く教わらなかったことだ。人は必ず変わることが出来る。失敗から学んで努力をすることでどんどん改善することが出来る。何とか彼らがこの世を去る前に、和解することが出来ればいいと、最近はそんなことを思っている。