Saudades

ポルトガル語、宗教研究、株式投資を極めるwebメディア。飛騨高山についても発信中。

【旧約聖書より】『アダムとエバ』の生涯と『失楽園』の物語。どのように創られたか?なぜ追放されたか?など。

スポンサードリンク

f:id:my-load:20200214235721j:plain

こんにちは。
『アダムとエバ』もしくは『アダムとイヴ』って聞いたことありますか?
『アダムとイヴ』の方がよく聞くかもしれないですが、新共同訳の聖書ではエバと表記されているのでエバとします。
今日は旧約聖書に出てくる『アダムとエバ』と『失楽園』の物語について解説しようと思います。


『アダムとエバ』って何?

f:id:my-load:20200214235738j:plain

『アダムとエバ』は旧約聖書に出てくる人間始祖

『アダムとエバ』は旧約聖書の創世記に出てくる一番最初の人類です。
この『アダムとエバ』から現在地上にいるすべての人類は始まったとされています。アフリカ単一起源説の『ミトコンドリア・イヴ』という言葉も聞いたことあるかと思います。最初の人類はアフリカから始まったとされる説です。
いずれにせよ、今現在人類が生きているということはその始祖たる存在がいるはずですよね。だから僕は個人的には『アダムとエバ』の物語は単なる伝説の類ではなく、一定の真実を含むのではないかと思っています。

人間は神の宇宙創造で一番最後に創られた

では旧約聖書の記述を見てみましょう。
旧約聖書の創世記では、一番最初に神が宇宙を創造していく過程が書かれています。
いくつか抜粋します。

3 )神は「光あれ」と言われた。すると光があった。
6 )神はまた言われた、「水の間におおぞらがあって、水と水とを分けよ」。
9 )神はまた言われた、「天の下の水は一つ所に集まり、かわいた地が現れよ」。そのようになった。
11) 神はまた言われた、「地は青草と、種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ果樹とを地の上にはえさせよ」。そのようになった。
14 )神はまた言われた、「天のおおぞらに光があって昼と夜とを分け、しるしのため、季節のため、日のため、年のためになり、
15 )天のおおぞらにあって地を照らす光となれ」。そのようになった。
20 )神はまた言われた、「水は生き物の群れで満ち、鳥は地の上、天のおおぞらを飛べ」。
24 )神はまた言われた、「地は生き物を種類にしたがっていだせ。家畜と、這うものと、地の獣とを種類にしたがっていだせ」。そのようになった。
27 )神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。

これはところどころ省略していますが、神が『光あれ』といったところから、『海と陸』を造り、『植物』を造り『動物』を造り、そして一番最後に造ったのが『人間』でした。
よって聖書に記録されている神の天地創造はビッグバンで宇宙が始まってから、地球に陸や植物、動物、そして人間が現れるまでの過程を表現していることがわかります。
人間を造った後、神は人間に、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」。と言われました。
これはどういう意味かというと神が人間にこの宇宙の主管を任せたということを表しています。
これについては以前記事にしました、

www.kenya316.com

さて、ここで神は人間を一番最後に創りましたが、それはなぜかわかりますか?

それは神にとって人間が最も尊い存在だからです。

人間が一番大事だからです。

宇宙ができてすぐに人間を造ったらどうなりますか?
死にますよね。宇宙に突然人間が放り出されても死ぬしかありません。

だからまず、人間が生きていく糧を得られるように、神は人間のために環境創造をしました。


アダムとエバは土から作られた後に霊体を与えられた

『アダムとエバ』はどのように作られたのでしょうか?
聖書には次のような記述があります。

主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。

これによると人は土から作られたことになります。もちろん実際にはそのようなことはなく、類人猿から進化したと思われます。
そして、『命の息をその鼻に吹きいれられた』とあるのはどういう意味かというと、人間が霊体を持つようになったことを言います。
『アダムとエバ』は人間始祖ですが、それ以前に類人猿が全くいなかったわけではありません。つまり類人猿がより人らしく進化したある地点を人間の出発とみるわけです。聖書の記述を本気で信じるということはすなわち、聖書の記述を現実に照らし合わせて解釈するということです。
決して言葉通りに鵜呑みにするということではありません。
つまり人間の出発は、類人猿からより人間らしく少しだけ進化した時点で神によって霊体を与えられた最初の人間を『アダムとエバ』としているのです。

ちなみにエバはアダムの後に創られました。

「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」
そこで主なる神は人を深く眠らせ、眠った時に、そのあばら骨の一つを取って、その所を肉でふさがれた。
22 )主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り、人のところへ連れてこられた。
23 )そのとき、人は言った。「これこそ、ついにわたしの骨の骨、わたしの肉の肉。男から取ったものだから、これを女と名づけよう」。

アダムとあばら骨をとって作られたのがエバです。もちろんこれは作り話の類でしょう。


『アダムとエバ』の『失楽園』の物語とは?

f:id:my-load:20200214235734j:plain

『失楽園』という言葉を聞いたことのある人も多いと思います。
『エデンの東』という映画もありますよね。
創世記にその内容が記録されています。『失楽園』の物語とは、『アダムとエバ』は『エデンの園』に住んでいましたが、神から言われていた戒めを守らずに、罪を犯しました
それによってエデンから追放されるようになります。簡単に言えばこれが『失楽園』の物語です。


『アダムとエバ』に与えられた神の戒め『取って食べるな』

『アダムとエバ』がエデンに住むようになって神は彼らに次のように言いました。

「あなたは園のどの木からでも心のままに取って食べてよろしい。
17 しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない。それを取って食べると、きっと死ぬであろう」。

当時エデンの園には食べるにふさわしい木の実をつける木がたくさんあったといいます。
そして園の中央には『生命の木』と『善悪を知る木』がありました。
神は『善悪を知る木』からはとって食べてはならない、といいました。

しかし次に紹介するように『アダムとエバ』は蛇の誘惑に勝てずに神の戒めを破ってしまいました。


エデンの園でアダムとエバを誘惑したものは『蛇』

『アダムとエバ』は『善悪を知る木の実』を食べてしまうのですが、彼らを誘惑したものは『蛇』であったと記録されています。

へびは女に言った、「園にあるどの木からも取って食べるなと、ほんとうに神が言われたのですか」。
2) 女はへびに言った、「わたしたちは園の木の実を食べることは許されていますが、
3)ただ園の中央にある木の実については、これを取って食べるな、これに触れるな、死んではいけないからと、神は言われました」。
4) へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。
5) それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。
6) 女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。

『蛇』は言葉巧みにまずエバを誘惑しました。
『神はとって食べたら死ぬと言ったかもしれないですが、食べても死にませんよ、とてもいい木の実ですから、ぜひ食べてみてください』、と。
エバは『蛇』の誘惑に勝てずに食べてしまいます。
そしてエバはアダムにも食べさせます。
すると、ふたりの目が開け、自分たちの裸であることがわかったので、いちじくの葉をつづり合わせて、腰に巻いた。
『善悪を知る木の実』を食べるまでは『アダムとエバ』は裸であってもお互いを恥ずかしく思いませんでした。
食べた後、恥ずかしさを感じるようになり、イチジクの葉で下部を覆いました。
実はこれにはとても深い意味が込められているのですが、ここでは省きます。

f:id:my-load:20200214235717j:plain

よく『アダムとエバ』は『林檎』をたべて堕落したと聞くかもしれないですが、聖書には『林檎』という記述は全く出てきません。
出てくるのは、『食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましい』という表現くらいです。
見た目的に食べたらおいしそうな色合いというところから『林檎』といわれるようになったのかもしれないですが、そのような果実はいくらでもあります。
実はこの『善悪を知る木の実』も非常に深い意味があるのですが、ここでは省きます。


堕落の結果『アダムとエバ』はどうなったか?

さて、神の戒めを破った『アダムとエバ』はどうなったのかというと、エデンの園から追放されました。
その際に神は次のように言いました。

つぎに女に言われた、「わたしはあなたの産みの苦しみを大いに増す。あなたは苦しんで子を産む。それでもなお、あなたは夫を慕い、彼はあなたを治めるであろう」。
17 更に人に言われた、「あなたが妻の言葉を聞いて、食べるなと、わたしが命じた木から取って食べたので、地はあなたのためにのろわれ、あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。
18 地はあなたのために、いばらとあざみとを生じ、あなたは野の草を食べるであろう。
19 あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、あなたは土から取られたのだから。あなたは、ちりだから、ちりに帰る」。

ポイントは二つです。

わたしはあなたの産みの苦しみを大いに増す
あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。

です。
つまり、『アダムとエバ』の堕落によって、女性は子供を産む際に伴う痛みが増し、男性は労働によって作物を作らなければならなくなったということです。
もし本当にそうならやめてほしかったですね(笑)


『アダムとエバ』の子供である『カインとアベル』

エデンから追放された『アダムとエバ』には子供が生まれました。それが『カインとアベル』です。『カイン』が兄で『アベル』が弟です。

アベルは羊を飼う者となり、カインは土を耕す者となった。

『カインとアベル』はそれぞれで神様の前に供え物をします。
そして人類最初の殺人がそこで初めて起こりました。


『カイン』が『アベル』を殺害する人類最初の殺人

日がたって、カインは地の産物を持ってきて、主に供え物とした。
4 アベルもまた、その群れのういごと肥えたものとを持ってきた。主はアベルとその供え物とを顧みられた。
5 しかしカインとその供え物とは顧みられなかったので、カインは大いに憤って、顔を伏せた。

この話の顛末はこうです。
『カイン』は自分が育てた作物を神に供えました。『アベル』は羊の初めての子とよく太ったものを供えました。
するとなぜか神は『アベル』の供え物は受け取りましたが、『カイン』の供え物は受け取りませんでした。
そして『カイン』が『アベル』を恨むようになるのです。

カインは弟アベルに言った、「さあ、野原へ行こう」。彼らが野にいたとき、カインは弟アベルに立ちかかって、これを殺した。

なぜ神が『カイン』の供え物を取らなかったか、それにはやはり深いわけがあるのですが、ここでは省きます。

それにしても『カイン』は供え物がとられなかっただけで、『アベル』を殺害しましたが、これだけ読むとそこまでする必要があるのか、と思いますよね。

実際聖書にはこれ以上詳しい記述は残っておりません。

僕は以前、ある人より、この詳しいいきさつを教えてもらったことがあります。

なぜ『カイン』が『アベル』に対して殺意まで抱くようになったか、結論を言いますと、『アベル』は『カイン』の前で自慢をしたのです。

すなわち、自分の供え物が顧みられたことを『カイン』に言いふらしたのです。

『え?お兄ちゃんはもしかして神様に受け取ってもらえなかったの?だっさ!』みたいな感じですね(笑)。

これは怒りますね。

本当は『アベル』はこの時、もっと謙虚にならなければならなかったそうです。

『お兄さんのほうがもっと神様に受け取ってもらうにふさわしいものです』と『カイン』を慰めてあげることができれば、殺されることはなかったそうです。
難しいですね。

さてこれが、『アダムとエバ』の『失楽園』の物語です。
ですので今現在地上にいる全人類は『アダムとエバ』の子孫とみるわけです。

興味があれば創世記でも読んでみてください。