Saudades

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『カイン』と『アベル』 なぜ人類史上初めての殺人が起きたのか?を説明するよ。

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こんにちは。
今回は旧約聖書の「カイン」と「アベル」について解説してみようと思います。
「カイン」と「アベル」はエデンの園を追放された「アダム」と「イヴ」の子供になります。
カインが兄でアベルが弟です。

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しかし、まだ地上に人間もほとんどいない中、残念ながら二人の間で人類史上初めての殺人が起こってしまいます。
一体なぜそのような悲劇が起こってしまったのでしょうか。聖書の中では非常に短い話ですが、想像力を使うことによってその内容からも学びが得られるので関心のある方は読んでみてください。
また逆に考えるともし、この時にカインとアベル間に葛藤が起きずに和合がなされていれば人間の歴史は今のように血みどろの歴史にはなっていなかったのではないかと思う次第ですね。

それでは。



「カイン」と「アベル」の誕生

アダムとイヴがエデンの園を追放された直後はこのように書かれています。

1) 人はその妻エバを知った。彼女はみごもり、カインを産んで言った、「わたしは主によって、ひとりの人を得た」。
2) 彼女はまた、その弟アベルを産んだ。アベルは羊を飼う者となり、カインは土を耕す者となった。

カインもアベルもあっさり誕生しましたね。
ちなみに聖書では「知る」という表現は『性行為をする』という意味でつかわれていることが多いです。
僕も最初これ、『知った』って何言ってんの?って感じでしたが、なんか徐々にわかるようになりました。この「人」というのも状況的に『アダム』のことを指していますね。
さて、カインとアベルは成長して別々の仕事をするようになりました。
すなわちカインは土を耕すということで農家みたいなでしょうか、アベルは羊飼いです。
ではこの後を見てみましょう。

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なぜか『アベル』の供え物だけを神は顧みられた

3) 日がたって、カインは地の産物を持ってきて、主に供え物とした。
4) アベルもまた、その群れのういごと肥えたものとを持ってきた。主はアベルとその供え物とを顧みられた。

カインは地の産物を、アベルは羊の群れの「初子」と『肥えたもの』を備えたところ、主なる神はなぜかアベルの供え物だけを顧みたと書いてあります。
「顧みられた」というのは簡単に言えば、アベルの供えものだけとられた、神はカインの供え物は蔑ろにした、ということです。


カインがアベルを野原へ連れ出す。

5) しかしカインとその供え物とは顧みられなかったので、カインは大いに憤って、顔を伏せた。
6) そこで主はカインに言われた、「なぜあなたは憤るのですか、なぜ顔を伏せるのですか。
7) 正しい事をしているのでしたら、顔をあげたらよいでしょう。もし正しい事をしていないのでしたら、罪が門口に待ち伏せています。それはあなたを慕い求めますが、あなたはそれを治めなければなりません」。
8) カインは弟アベルに言った、「さあ、野原へ行こう」。彼らが野にいたとき、カインは弟アベルに立ちかかって、これを殺した。

聖書ではあっという間ですが、カインは結局アベルを殺害してしまいましたね。
その前のところで神に「罪が門口に待ち伏せています。それはあなたを慕い求めますが、あなたはそれを治めなければなりませ」と言われていますが、結局カインは自身の中の罪を治めることができなかったことになります。


その後、カインはどうなったのか?

9) 主はカインに言われた、「弟アベルは、どこにいますか」。カインは答えた、「知りません。わたしが弟の番人でしょうか」。
10) 主は言われた、「あなたは何をしたのです。あなたの弟の血の声が土の中からわたしに叫んでいます。
11) 今あなたはのろわれてこの土地を離れなければなりません。この土地が口をあけて、あなたの手から弟の血を受けたからです。
12) あなたが土地を耕しても、土地は、もはやあなたのために実を結びません。あなたは地上の放浪者となるでしょう」。
13) カインは主に言った、「わたしの罰は重くて負いきれません。
14) あなたは、きょう、わたしを地のおもてから追放されました。わたしはあなたを離れて、地上の放浪者とならねばなりません。わたしを見付ける人はだれでもわたしを殺すでしょう」。
15) 主はカインに言われた、「いや、そうではない。だれでもカインを殺す者は七倍の復讐を受けるでしょう」。そして主はカインを見付ける者が、だれも彼を打ち殺すことのないように、彼に一つのしるしをつけられた。
16) カインは主の前を去って、エデンの東、ノドの地に住んだ。

当然ですがカインがアベルを殺めたことが神にも知れます。
そしてカインはその地を離れてノドの地に住むようになりました。
この部分で大事なところは二か所です。一つは神がカインに対して弟のアベルはどこにいますか?と聞いたときカインは何と答えたでしょうか。
「知りません」と答えました。
でも実際はそうじゃないですよね。カインは自分がアベルを殺めたのだからどうなったかは当然知っているはずです。そして神もアベルがどうなったか、カインが何をしたかは当然把握していると考えられます。
そのように考えてみると神の願いとしてはカインに正直に話して悔い改めてほしいという思いで『アベルはどこにいますか」と聞いたんだと思うんですよね。
でもカインは「知りません」と答えました。つまり「嘘」をついたのです。ことわざでも「嘘つきは泥棒の始まり」と言ったりします。
カインはアベルを殺めただけでなく、この場面で二重の罪を犯してしまっているんです。

もう一つ重要なのは、だからと言って罪を犯したカインを神はむやみに裁きませんでした。
なぜなら神はカインに対して「いや、そうではない。だれでもカインを殺す者は七倍の復讐を受けるでしょう」。そして主はカインを見付ける者が、だれも彼を打ち殺すことのないように、彼に一つのしるしをつけられた、という記述があるからです。
これは明らかに誰かにカインを殺させないように保護するための言葉です。
これは言い換えると神はカインの供え物(地の産物)は顧みられなかったですが、別にカインを軽んじていたわけではない、ということです。もし、カインがそのことをわかっていれば、アベル殺めようとは思わなかったかもしれないですね。


ではなぜカインはアベルを殺めたのか?

では少し戻りますが、なぜカインはアベルを野原に連れ出して殺めたのでしょうか?
簡単に言えば嫉妬からくる憎悪のようなものだと考えられます。『なんで自分の供え物はとられず、アベルの供え物だけ取られるんだ!」ということで憤ったんですね。
ではなぜ神はアベルの供え物だけをとったのでしょうか。
これは一般的には「アベルもまた、その群れのういごと肥えたものとを持ってきた。」の一文にその答えがあると言われることが多いです。
『初子(ういご)』とは生まれたばかりの子供ですよね。つまりすごいピチピチの羊です。そして『肥えたもの』なのでよく太った美味しそうな羊です。
どちらも神にささげるには勿体ないと思うようなものだったのではないでしょうか。
『この羊はちょっと上等な羊だから、供え物はこっちでいいや!』みたいな中途半端な心でアベルは備えたのではなく、神に最高のモノを供える心情で供え物をしたということです。
まぁこれが一般的な解釈ではあるんですが、僕が聞いているのは少し違います。これはどこかで記事にしたいのですが、説明は割愛します。
結論だけ言うと、アベルは生まれながらに神の側に立っていたのであり、カインは生まれながらにサタン(イヴを誘惑した蛇)の側に立っていたから、というものです。
カインは地の産物を供えたとありますが、どのように供えたかは書いてありません。でも作物を育てるって簡単なことじゃないじゃないですか。
農作業というのはやっぱり手間暇もかかる大変な仕事なのでカインが地の産物を供えるのもそんな適当な心情で供えたわけではない可能性も十分にあるわけですよ。
もし、なんでもいいや、というあいまいな心で供えたのだとしたら、そもそもそんなにアベルに嫉妬したり憤慨したりするでしょうか。
『まぁ、適当に供えただけだし、神に取られなくてもしょうがないよなぁ』って思う方が自然だと考えられます。
なぜかというと人が嫉妬心や悔しさを感じるのは本人が相当量の努力をした場合だけだからです。


アベルはどのようにふるまうべきだったのか。

実は僕が聞いたことのある話ではアベルはカインに対して次のような反応をしたそうです。

しかしアベルは、神様が自分の供え物だけを受けられたので、カインの腸が煮えくり返るほど、度を越えて喜んだのです。どんなにうれしくても一人で喜んで黙っていたなら良かったのに、兄に自慢したのです。皆さんもうれしいことがあれば自慢したいですか、したくないですか? 自慢したいでしょう? 同じようにアベルも兄にそれを自慢したのです。ところが自慢が度を越えて「お兄さんの供え物は受けないで私の供え物は受けた。だからお兄さんより私が、より勝っただろう!」、このようなことまで話したのでしょう。ですからカインの顔は真っ赤になったでしょうし、憤らずにはいられなかったのです。そのように考えることができるのです。

まぁこれは一つの教訓としての例えの面もありますが、アベルは自分の供え物だけとられたことをカインにわざわざ自慢したようですね。
『え?お兄さん供え物取られなかったの?プププ笑、僕はとられたよ~、残念だったね~笑』
みたいなね笑
そりゃ、殺害したくもなりますよ。ええ。
逆に言えばそのぐらいじゃないと殺めるまでは中々いかないんじゃないでしょうか。
つまりアベルには謙虚さが足りていなかったという解釈もできるわけですよ。僕が聞いた続きは次のようなものでした。

アベルは神様の恩恵を受けたからといって、うれしいと自慢をしてはならなかったのです。恩恵を受けたならむしろ自分の不足を悟り「お兄さん、すみません」と言わなければなりませんでした。そうしたならカインが殴り殺しますか? 殺さないでしょう。これがアベルの失敗です。

アベルは態度や振る舞いがよくなかったのですね。本当に謙虚になって兄であるカインを労うような配慮するような姿勢があればカインもさすがに野原に連れて行こうとまでは思わなかったでしょう。


最終的にカインを保護した旧約の神について

最後にこれだけ書いておきたいのですが、
一般的には旧約聖書に出てくる神は「恐れ多い神、厳粛な神、怖い神、罪を憎む神、正義の神」のようなイメージがあります。
例えば『ノアの洪水』とかね。人が悪いことばっか考えるからノアの家族以外を洪水で滅ぼしました。
これは怖いですよね。もし、現在の神も同様であれば、あっという間に人類はほろぼされるんじゃないですか?
またソドムとゴモラも聖書に登場する街なんですが、非常に男色の強い街なんですよね。
そしてやはり神に滅ぼされました笑。
このように基本的には旧約聖書の神は「裁きを下す神」なわけです。
でも、カインには何もしませんでしたよね。それどころかカインを殺めるものには7倍で復讐するとまで伝えカインを保護しています。
カインも一度は嘘をつきましたが、そのすぐ後に「わたしの罰は重くて負いきれません。」と自らの行いを後悔している様子が見受けられます。
だからというわけではないかもしれませんが、僕が思うのはやっぱり神は旧約の最初の時代でも『愛の神』なのではないかということです。
カインのことを赦したかったし、救いたかったし、何とかサタンの側から神側へと帰ってきてほしかった、そんな神の心情がこの部分に現れているのではないかと思います。

以上。『カイン』と『アベル』についてでした。
じゃ。