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『ノアの箱舟』とは何か?神の命令に従い、洪水に備えるために作られた超大きな船。

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こんにちは。

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『ノアの箱舟』って聞いたことありますか?
聖書になじみのない日本人でも一度は耳にしたことがあると思います。ただ、『ノア』とか『ノアの箱舟』について、詳細を知っている日本人は極めて少ないのではないでしょうか?日本はあまり聖書になじみがないですからね。
『ノアの箱舟』はノアとその家族たちを神が起こした洪水から守ったとされています。
筆者は聖書マニアなので今日は、ノアの箱舟について詳しくまとめました。聖書の聖句を引用しながら紹介します。旧約聖書の最初の『モーセの五書』などと呼ばれる辺りは物語風に書かれていて読んでみると結構面白かったりするのでお勧めですよ。
それでは。



『ノアの箱舟』の話の概要

『ノアの箱舟』はその名の通り『ノア』が頑張って作った箱舟です。
ちなみに箱舟というのは四角い船のことを言います。
アダムとエバ(またはイヴ)って聞いたことありますよね?
旧約聖書に出てくる最初の人類です。
旧約聖書というのはアダムとイヴから始まって、『ノア』や『アブラハム』の子孫たちが数多の困難を乗り越えながら繁栄していく過程が書かれています。

『ノア』はそのアダムから数えておよそ10代目に現れてきた人物として書かれています。
ですので比較的最初の方の人類です。
ノアがなぜ『箱舟』を作ったと思いますか?

ノアは洪水に備えて箱舟を作りましたが、それは神の指示でした。
神は人間が悪い行いをするのを見て、人間を滅ぼそうと考えました。
それで起こしたのが洪水です。
でもノアだけは神の前に正しい行いをしていたので、ノアとノアの家族だけは助けようと、ノアに指示を出したのです。
生き残ったノアの家族から人類は新しく出発しました。
要約するとこのような感じです。
ではより詳細を見ていきましょう。


『箱舟』を造った『ノア』は何者?

ノアとはどのような人物なのでしょうか?
ノアは先ほど書いた通り、アダムから数えておよそ10代目に当たります。
旧約聖書の最初から見てみるとアダムの系図は次のようになっています。
アダム→セツ→エノス→カイナン→マハラレル→ヤレド→エノク→メトセラ→レメク→ノア
ね?ちゃんと10代目になっていますよね。

アダムとイヴの話というと有名な『失楽園』の物語がありますが、その後、ノアに至るまでに出てきた人物に関しては聖書にはほとんど記述はありません。
ですのでアダムの話の後に、聖書に比較的詳細に書かれているのがこの『ノア』という人物なのです。

ノアは五百歳になって、セム、ハム、ヤペテを生んだ。創世記5/32

ノアには3人の子供がいました。それぞれセム、ハム、ヤペテといいます。
500歳といってもおそらく今とは1年の数え方が異なったので、実際の500歳とは違います。もっとずっと短かったでしょう。

・主は人の悪が地にはびこり、すべてその心に思いはかることが、いつも悪い事ばかりであるのを見られた。創世記6/5
・ノアはその時代の人々の中で正しく、かつ全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。創世記6/9

主とは神のことです。
このような記述より、当時の人々が神の前に悪い行いばかりしていたことがうかがえます。聖書でこのような内容が出てきたときは多くの場合、想像されるのは『淫乱の罪』です。

ユダヤ教は姦通の罪に大変厳しいですからね。

それに対してノアは神が見たときに正しい清らかな生き方をしていたので、神が顧みることができました。

ノアはその時代に人々からすれば少し変わり者だったはずです。

ノアは正しい行いをすればするほど、当時の人々の中では浮いた存在になっていったのです。


ノアが箱舟を作ったのはなぜ?

ではなぜノアは箱舟を作ったのでしょうか?
次の聖句を見てみましょう。

主は人の悪が地にはびこり、すべてその心に思いはかることが、いつも悪い事ばかりであるのを見られた。
主は地の上に人を造ったのを悔いて、心を痛め、
「わたしが創造した人を地のおもてからぬぐい去ろう。人も獣も、這うものも、空の鳥までも。わたしは、これらを造ったことを悔いる」と言われた。
しかし、ノアは主の前に恵みを得た。創世記6/5-9

最初の人であるアダムが地上に生まれるときに、神が土からアダムを作る様子が書かれますが、基本的にキリスト教やユダヤ教において、人間を創造したのは神です。

神からすれば、善なる存在にしようとして人間を作ったのですが、堕落して悪いことばかりするようになってしまったので、『人を造ったのを悔いて』とあるわけです。

でも日本人のように無宗教の立場からすれば、神が全知全能であれば、人間が悪い行いをしないように創造すればいいじゃないか、と当然思いますよね。

でもそれはできない明確な理由が宗教家にはあったりします。

詳細は以前、記事の中で紹介しました。

www.kenya316.com

そこで神はどう考えたかというと、
一度人類を滅ぼしてリセットしよう、となったわけです。
なかなか恐ろしい発想ですが、その時の神は人類をすべて滅ぼすと考えました。
そのために起こそうとしたのが洪水です。
でもノアだけは清らかに生きているからノアとその家族だけは生きながらえるようにして、その中から新しい人類をスタートしよう、と。

そこで神はノアに言いました。

そこで神はノアに言われた、「わたしは、すべての人を絶やそうと決心した。彼らは地を暴虐で満たしたから、わたしは彼らを地とともに滅ぼそう。
あなたは、いとすぎの木で箱舟を造り、箱舟の中にへやを設け、アスファルトでそのうちそとを塗りなさい。創世記6/13

決心しちゃいましたね。
ノアは神から命令を受けて、箱舟づくりに取り掛かります。


神がノアに指定した箱舟の寸法、材質など

ノアが作った箱舟はどのようなものだったのでしょうか。
神は実は結構細かく箱舟の寸法を指示しています。

あなたは、いとすぎの木で箱舟を造り、箱舟の中にへやを設け、アスファルトでそのうちそとを塗りなさい。
その造り方は次のとおりである。すなわち箱舟の長さは三百キュビト、幅は五十キュビト、高さは三十キュビトとし、
箱舟に屋根を造り、上へ一キュビトにそれを仕上げ、また箱舟の戸口をその横に設けて、一階と二階と三階のある箱舟を造りなさい。
わたしは地の上に洪水を送って、命の息のある肉なるものを、みな天の下から滅ぼし去る。地にあるものは、みな死に絶えるであろう。創世記6/14-17

まず箱舟の材質は糸杉の木です。

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イトスギ(糸杉、学名:Cupressus)は、ヒノキ科イトスギ属の総称。サイプレス(英: Cypress)、セイヨウヒノキ(西洋檜)ともいう。世界中で公園樹や造園樹として重用される。
ヒノキ科の模式であり、ヒノキ科は英語では Cypress family(サイプレス科)と呼ばれる。

イエス・キリストが背負い、自ら磔にされた十字架はこの木で作られたという話もあります。
ゴッホの絵でも有名ですね。
内装はアスファルトで、と神は言っています。

次に箱舟の大きさですが、
長さ:300キュビト、幅:50キュビト、高さ:30キュビトです。

キュピトってどのくらいやねん!と思いますね。

実は1キュビトは(ひじから中指の先までの長さを基にした長さの単位)は約45㎝です。

つまりこの大きさは
長さ:135m、幅:22.5m、高さ:13.5mとなります。

え?ってなりません?

でかすぎでしょ。

こんなものを造れって言われても。。当時の技術でこれを作るのにどれくらいの時間が必要だったのかわかりません。
でも、神には考えがあり、このくらいのサイズでなければならない理由がありました。

次の神の言葉を見てください。

ただし、わたしはあなたと契約を結ぼう。あなたは子らと、妻と、子らの妻たちと共に箱舟にはいりなさい。
またすべての生き物、すべての肉なるものの中から、それぞれ二つずつを箱舟に入れて、あなたと共にその命を保たせなさい。それらは雄と雌とでなければならない。
すなわち、鳥はその種類にしたがい獣はその種類にしたがい、また地のすべての這うものも、その種類にしたがって、それぞれ二つずつ、あなたのところに入れて、命を保たせなさい。
また、すべての食物となるものをとって、あなたのところにたくわえ、あなたとこれらのものとの食物としなさい」。
ノアはすべて神の命じられたようにした。創世記6/18-22

ノアの箱舟に入った人間は何人でしょうか?
ノアとノアの子供達3人、そしてそれぞれの妻達なので、合計8人です。
この時点でノアの子供たちはすでに成人していて、それぞれに妻がいることがわかります。
ノアや子供たちの妻は聖書の中で名前も出てきません。
キリスト教には古来より、男尊女卑的な精神があったりして、それは聖書の聖句に『男は神の形であり、栄光である』という記述があるからです。

女性で名前が出てくるのは非常に功労のある人である場合が多いです。

特に自分の義父と関係をもって、のちのイエス・キリストの血統を残したタマルだったり、イエスの母親であるマリアだったり。
アブラハムの時代ではサラも神の前に信仰のある人でした。

まぁこれは余談ですが、ノアの妻とノアの子供たちの妻たちはそれほど信心深い人たちではなかったのではないかということが予想されます。

そして聖書の記述に従えば、ノアとその家族以外の人類は洪水で滅びたはずです。まぁ事実であるという決定的な証拠はありません。

また神はノアに動物たちも箱舟に入れなさいと命じました。
すべての動物が雄雌でつがいになるように入れなければなりませんでした。
そうでないと動物たちまで絶滅してしまいますからね。
ちなみにこの『ノアの箱舟』に入らなかった動物というか生き物がいると時々言われますが、それが魚たちです。魚は泳げるので洪水が起きても問題ないからです。

最後の一文も重要です。
こんな命令を神から受けてノアはどうしたでしょうか?
そんなことできません、とは言いませんでした。
『すべて神が命令したとおり』にしました。
一説によると、ノアは箱舟を作るのに、当時の年の数え方で『120年』かかったといいます。

その間、ノアは独りで箱舟を造りました。孤独な戦いだったはずです。

ノアの家族たちはノアが突然箱舟を作り始めたので頭がおかしくなったと思い、疎ましく感じるようになったといいます。

ノアは家族からも煙たがられるようになりましたが、神との約束を蔑ろにはしませんでした。
ノアは何年もかけて箱舟を作りながらも、神から受けた命令を決して忘れず突き進んでいく力強さがある人物だったと思います。


箱舟完成後に起こった洪水

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ノアが箱舟を完成させてから神は再びノアに言いました。

「七日の後、わたしは四十日四十夜、地に雨を降らせて、わたしの造ったすべての生き物を、地のおもてからぬぐい去ります」。創世記7/4

ノアが箱舟を館英語7日後に神は洪水を起こしたことがわかります。
洪水で雨が降り続けた期間はどのくらいでしょうか。

実に40日です。

洪水は四十日のあいだ地上にあった。水が増して箱舟を浮べたので、箱舟は地から高く上がった。
また水がみなぎり、地に増したので、箱舟は水のおもてに漂った。
水はまた、ますます地にみなぎり、天の下の高い山々は皆おおわれた。
水はその上、さらに十五キュビトみなぎって、山々は全くおおわれた。
地の上に動くすべて肉なるものは、鳥も家畜も獣も、地に群がるすべての這うものも、すべての人もみな滅びた。
すなわち鼻に命の息のあるすべてのもの、陸にいたすべてのものは死んだ。
地のおもてにいたすべての生き物は、人も家畜も、這うものも、空の鳥もみな地からぬぐい去られて、ただノアと、彼と共に箱舟にいたものだけが残った。
水は百五十日のあいだ地上にみなぎった。創世記7/17-24

山がすべて覆われるほどに水が高くなり、箱舟も高く上がったとあります。
これが事実であるかどうかはわかりません。
聖書には比喩や象徴であらわされることが多くあり、(つまり事実よりも大げさに、劇的に表現すること)ノアの洪水もそのようなものだった可能性も高いです。

つまり洪水や大雨が降り続いたことは事実であり、しかし実際は山が覆われるほどではなかった、など。
あくまで可能性ですよ。


洪水の後に箱舟がとどまった場所

洪水が終わった後、すぐに水が引くわけではありません。
聖書には150日後に水が引いたとあります。

箱舟は七月十七日にアララテの山にとどまった。創世記8/4

箱舟は洪水の間に流されて、最終的にアララテの山にとどまったとあります。

アララト山(アララトさん)は、トルコ共和国の東端にある標高5,137mの山であり成層火山である。アルメニア語表記はԱրարատ、ペルシア語表記はآرارات、クルド語表記はÇiyayê Araratで、トルコ語ではアール山(AğrıDağı)と呼ぶ。主峰の東南にあたる標高3,896mの頂上を小アララト山(KüçükAğrıDağı)と呼んでおり、それに対して標高5,137mの主峰は公式には大アララト山(Büyük Ağrı Dağı)という。アルメニアとの国境から32km、イランとの国境から16kmである。

アララテの山とは現在のトルコにある山です。
アララテ山で『ノアの箱舟』の残骸が見つかった、というニュースは時々耳にしますね。

アララト山でノアの箱舟を発見? | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

ただ実際これについては懐疑的な意見が多いようです。
僕は個人的にはノアの箱舟の話は一部事実であると考えています。
ただし、実際に起こった場所はもう少し南、すなわちユダヤの歴史を考えればカナンと呼ばれていた現在のイスラエルに近かったのではないかと考えています。

その根拠にもなりませんが、そう思う理由は後ほど後述します。


洪水の後に神がノアと交わした約束の虹

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洪水の後にノアとノアの家族は箱舟から出て神と約束を交わします。

ノアは共にいた子らと、妻と、子らの妻たちとを連れて出た。
またすべての獣、すべての這うもの、すべての鳥、すべて地の上に動くものは皆、種類にしたがって箱舟を出た。
ノアは主に祭壇を築いて、すべての清い獣と、すべての清い鳥とのうちから取って、燔祭を祭壇の上にささげた。
主はその香ばしいかおりをかいで、心に言われた、「わたしはもはや二度と人のゆえに地をのろわない。人が心に思い図ることは、幼い時から悪いからである。わたしは、このたびしたように、もう二度と、すべての生きたものを滅ぼさない。
地のある限り、種まきの時も、刈入れの時も、暑さ寒さも、夏冬も、昼も夜もやむことはないであろう」。創世記8/18-22

神は洪水を起こし、人類を一度滅ぼした後、二度と人のゆえに地を呪わない、ということを心に誓います。

筆者は聖書をよく読みこんでみると神がどのような方なのかということが見えてくると思っています。

先ほども書きましたように、神は人類が悪を行うのを見て、それを後悔していました。
そして今度は、もう二度と人類を滅ぼす洪水のようなことは起こさない、と言っています。
神については以下の記事で以前紹介していますが、
通常、神は全知全能だったり、絶対的な愛の神様だったりします。ただ、このような描写より忘れてはいけないのは神も人類の歩みとともに少しずつ変化していることはないでしょうか。

変化、または反省や善処といってもいいと思います。

続けて神はノアにこのように言います。

「わたしはあなたがた及びあなたがたの後の子孫と契約を立てる。
またあなたがたと共にいるすべての生き物、あなたがたと共にいる鳥、家畜、地のすべての獣、すなわち、すべて箱舟から出たものは、地のすべての獣にいたるまで、わたしはそれと契約を立てよう。
わたしがあなたがたと立てるこの契約により、すべて肉なる者は、もはや洪水によって滅ぼされることはなく、また地を滅ぼす洪水は、再び起らないであろう」。
さらに神は言われた、「これはわたしと、あなたがた及びあなたがたと共にいるすべての生き物との間に代々かぎりなく、わたしが立てる契約のしるしである。
すなわち、わたしは雲の中に、にじを置く。これがわたしと地との間の契約のしるしとなる。
わたしが雲を地の上に起すとき、にじは雲の中に現れる。
こうして、わたしは、わたしとあなたがた、及びすべて肉なるあらゆる生き物との間に立てた契約を思いおこすゆえ、水はふたたび、すべて肉なる者を滅ぼす洪水とはならない。
にじが雲の中に現れるとき、わたしはこれを見て、神が地上にあるすべて肉なるあらゆる生き物との間に立てた永遠の契約を思いおこすであろう」。
そして神はノアに言われた、「これがわたしと地にあるすべて肉なるものとの間に、わたしが立てた契約のしるしである」。

雨が降ると虹が出ますよね。
それはこのノアの洪水の時に神が二度と人類を滅ぼすようなことはしないとノアに誓った契約のしるしだというのです。

つまり雨が降り、虹を見るたびにこの時のことを思い出して人類が悪をおこなっていたとしても大目に見るというわけです。
大目に見るといってもそれはもちろん悪を認めているわけではありません。
いわば『罪を憎んで人を憎まず』といったところですね。

箱舟から出たノアの子らはセム、ハム、ヤペテであった。ハムはカナンの父である。
この三人はノアの子らで、全地の民は彼らから出て、広がったのである。

ノアの子供達から人類が再び繁栄しました。
この事実と『ノアの箱舟』『ノアの洪水』の物語的な絶妙な面白さがあって、日本人にも比較的よく知られているのではないかと思います。


『ノアの箱舟』の洪水の話は旧約聖書はオリジナルではない?

ノアの洪水の話は聖書に出てくるものがオリジナルではありません。
オリジナルの話はギルガメシュ叙事詩という物語の中にあります。

『ギルガメシュ叙事詩』(ギルガメシュじょじし)は、古代メソポタミアの文学作品。実在していた可能性のある古代メソポタミアの伝説的な王ギルガメシュを巡る物語。人間の知られている歴史の中で、最も古い作品の一つ[1]。

この中に『ノアの洪水』によく似た話があります。

内容が非常に似通っているのです。
箱舟を造ったのは登場人物の一人のウトナピシュティムですが、
自身と自分の家族、動物たちを乗せたとあり、また洪水期間は40日ではなく、6日間になっています。箱舟がニシルの山に到着した、とか洪水の後に鳩やカラスを箱舟より放ったなど、『ノアの箱舟』の話にそっくりで、『ノアの箱舟』mp話はギルガメシュ叙事詩をモチーフに創られたと考えて間違いないと考えられています。

ニシルの山の場所は詳細は不明ですが、現在のイラクにあったといわれています。

トルコよりもイラクの方が聖書的に重要地であるカナンに近く、イスラエル民族の話としては筋が通りやすいです。

またノアの後に聖書に出てくる『アブラハム』も元々『カルデヤのウル』というところに住んでおり、それは現在のイラク南部に位置します。

よって筆者は考古学者間でもよく言われるように『ノアの洪水』が起こったのはイラクのどこか、それも地球全体規模ではなく局所的な地域限定のものではないかと考えています。

アララテの山ではないのでアララテの山から『ノアの箱舟』の残骸が出てきたというのはでたらめだと思います。

ではなぜ、旧約聖書に『ノアの箱舟』の話が登場してきたのでしょうか。
旧約聖書の成り立ちは大変複雑なもので元々口伝されてきたものが徐々に文書化されていきました。

まとまりのあるものが最初に成立したのは前5世紀から前4世紀頃だといわれています。

じゃあ、その頃にイスラエル民族(後のユダヤ人)達には何があったかというと『バビロン捕囚』と呼ばれる期間がありました。

これはアブラハムーイサクーヤコブの子孫達が築き上げた北朝ユダ王国が新バビロニアによって滅ぼされ、人々はバビロンに連行され、移住させられた出来事です。
その後イスラエル民族たちはパレスチナのあたりに帰還してマラキ預言者の指導の下、ユダヤという小さな国を作ります。

この『バビロン捕囚』の最初の捕囚は西暦前597年に、その後、西暦前587年または586年、西暦前582年または581年にも、計3回行われたとされています。

ギルガメシュ叙事詩が成立したのはもっと前ですので、そこから既に各地に伝承、流布された可能性は十分ありますが、この『バビロン捕囚』の時にイスラエル民族はギルガメシュ叙事詩を聞く機会が多くあったのではないでしょうか。

それで『おぉ、この物語はおもしろいな』ってなって教訓として聖書に入れた、と。

それ以上は筆者はわからないですが、いずれにせよ『洪水伝説』のようなものは世界中に似たような話が存在しているらしいです。

ですのでそれが地球規模であれ、地域限定のものであれ、どこで起こったかということはさほど問題ではありません。

何かしらそれに準ずる出来事があったのでしょう。
その『洪水伝説』が今に至るまで伝わっているのは、信仰的な立場から見れば、神にとって重要な一つの摂理であったということです。

私はそのように考えますが、もし旧約聖書を見かけたらぜひ手に取ってみてください。
最初の部分はまだ読みやすくて面白いですよ。

それでは、今日はここまで。

以下はキリスト教、ユダヤ教、イスラム教の違いについてまとめた記事です。

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旧約聖書と新約聖書の違いはこちら。

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